「一生、お金で苦労しない子が育つ」家庭のマネー教育

    

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貯金箱に開けた「4つの投入口」

 まして、子孫に残す美田を持つ人などごくごく一握り、自分の老後すら覚束ない親世代は、わが子にはお金に困ってほしくない、ましてパラサイトなどもってのほか、と考えるのが普通だ。

では、そのためにはわが子に何をどう教えておけばいいのだろうか?

「子どもには、資産の殖やし方を生々しく教える必要はないと考えています」

とは、ファンドマネジャー歴が長く、現在は各メディアで活躍するオフィスKAZの川口一晃氏。

「金融のリテラシーは学ぶべきですが、あくまで仕組みやお金の流れ。資産運用や貯金は、その中の一部です」

金融知識の普及を目的とした「金融知力普及協会」の幹事も務めた氏は、子どもに知ってほしいのは、貯め方や殖やし方よりも「使い方」だという。

「貯め方、殖やし方についてのセミナーや指南書は無数にありますが、貯めたお金をどう上手に使っていくかを教えるものは皆無です。これでは、お金の片側しか見ていないことになる」

川口氏は、しばしば米大リーグのヤンキース・イチローの小学生時代の作文を引き合いに出す。「僕の夢は一流のプロ野球選手になること」という明確な夢と目標と、そのためにやるべきことをしっかり記した有名な一文だ。

こういう自分の夢や希望を明らかにすることが大前提。それを実現するための手段として、後からクローズアップされるのがお金である。

「例えば医者になりたければ、どうお金を貯めるべきか。バイトはどうするか、学資保険や奨学金、特待生といったシステムをどう使うか……といった具合に、自分の目標の中で経済的な問題を一緒に考えていくことで、お金の活きた使い方がわかってきます」

マーケットの片隅で小金を貯めるより、大切なのはお金が世の中をどう循環していくかを知ること。そのためにはまず、貯め方より使い方を学べ、というわけだ。自分で資格を取る、他人の夢の実現を手伝う、等々、使い方は個々の価値観次第で千差万別だ。

「それがモチベーションとなって、殖やすためのアイデアも出てきます。そういう意味では、“使う”と“殖やす”は車の両輪ですね」

本来、お金は“よく生きる”ための手段である。しかし蓄財・利殖を目的に据えてしまうと、人生の目標を立てる前にお金しか目に入らなくなる。これが諸々の間違いのもととなる。

では、お金の「使い方」はどのように教えればよいのか。

川口氏によれば、米国で子どもの投資教育で使う貯金箱には、コインの投入口が4つあって、各々に貯める=save、消費のため、欲しいもののために使う=expend、投資=invest、そして寄付=donateと名がついている。

「同じ100円玉でも、自分の手を離れた瞬間、その使い道にはいろんな意味の違いがある。この貯金箱はそれを教えてくれるんです。単に倹約するだけではなく、自分のお金がどうすれば活きた使われ方をするのか、巡り巡って社会のためになっていくことをちゃんと教えていく必要があります」

その際に、必要=needと欲しい=wantの違いをしっかりつけておくことが肝要だという。

「欲しいものがあるとき、それが必要なものなのか、ただ欲しいと思っているだけなのかの区別が必要です。子どもに『これが欲しい』とねだられたら、我慢して貯金箱に入れておいて、3カ月経ったらもう一度自分の気持ちを確かめる。必要だと思っていたものが、実は単に欲しかっただけだった、と冷静になれる。これも1つの手法です」

この違いを学ぶための身近なツールは、昔ながらの「小遣い帳」だ。

「小遣い帳=倹約と思われがちですが、そうではなくて自分のお金の使い道を知るためにつけるといい。子どもの小遣い帳はしばしば金額が途中で合わなくなりますが、1円単位まで一致させることにこだわるより、本や漫画など少しまとまった金額の買い物だけメモしておけば、1カ月、数カ月、あるいは1年経って、『あれだけ欲しがったゲームソフト、今どうしてるの?』と聞く。すでに飽きて使っていなければ『それでいいの?』と問いかけることで、needとwantの違いを教えることができます」

「早く起業しろ」とプレッシャー

お金の性質を一般よりはるかに熟知していると思しき富裕層の人々は、わが子にどんな教育を施しているのか。

実は富裕層にとって、子どものマネー教育は悩みのタネだ。多くが金銭に細かい創業者と違い、2代目にとってはお金はあって当たり前。金銭感覚はまったく違う。そのために、シンクタンクの船井総合研究所のように、「きちんと後を継ぐために、2世の大学生を集めた勉強会を開いている」(同研究所・小林昇太郎氏)ケースもある。

“中国のユダヤ人”とも呼ばれる客家の血を引き、新宿・歌舞伎町の不動産で財を成したポーウェン・リー氏(59歳)はどうか。

「同じ資本主義経済の宿命の下で生きているのだから、華僑や客家、ユダヤ、日本人といえども、その根底に大きな差はありませんよ」

と苦笑するが、リー氏の亡父は戦前に台湾から日本へ渡り、歌舞伎町復興の基礎をつくった1人である。

「お金について教わったことで覚えていることは2つあります。まず、友人にお金を貸すことを許さなかった。上下関係が生じ、人間関係が壊れてしまうからです。『貸せと言われた金額の5分の1か10分の1をくれてやれ。請求はするな』と言われた」(リー氏)

もう1つは、「他人からおごられるな。代金は自分で出せ。借りをつくるな」。リーダーシップの基本を教わる一環だったという。いずれもお金の殖やし方というより、人脈や人間関係を見据えたお金の「使い方」のノウハウだ。

「父に『税務署にいくら取られた』などとよく聞かされていたから、極端にいうとサラリーマンでいてはいけないと痛感した。国や会社のために働くだけ。多額の税金や社会保障費を徴収され、その対価は限られています」(同)

バブル期までに大きく事業を拡大したが、やがてバブル崩壊。「稼ぐのは大変だが、失うのは一瞬です。その逆はない。一番学んだのはそれですね」とリー氏は言う。

リー氏は現在、グループ会社とは別の企業に勤務する子息に、小さなワンルームマンションを買わせたという。

「彼は現在、年収500万円程度。銀行から金を借りるという経験をさせるためです。ローンを組めば、『こんなに取られて、これしか残らない』と実感できる。私の会社名義だった車もすべて本人名義にして、税金もガソリン代もすべて本人に支払わせている」

要は、「早く起業して経費で落とせ」という“プレッシャー”だ。

「今は時代の流れが速い。子どもが親や学校に教わったことが、卒業する頃には通用しなくなる」

しかし、時代の流れに負けないのが人間関係や人脈だ、とリー氏は言う。お金はそのための媒介にすぎない。お金のために人間関係を崩すのは主客転倒。大事なところを見誤るな、という親心が垣間見えるようだ。

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