今注目の 『ピケティ本』 あなたは読みました?
通読するには1日2時間で1週間
フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』が売れている。日本では昨年12月に発売されて1カ月で8刷、13万部を記録した。定価5940円(税込)、728ページ、厚さ約4センチという経済書では異例の展開だ。
「最初からすさまじい売れ方でした。これだけ高額な本が1日何十冊も売れるなんて過去に経験がありません」
と驚くのが、丸善書店丸の内本店の一般書籍売場長の石川格わたるさん。発売初日は店の入り口に特設売り場を設けるなど店内5カ所で展開した。お客さんの中には入店するや『21世紀の資本』を掴んで、中身もチェックせずそのままレジに直行する人も多かったという。
「経済書でこれだけ広く厚く展開するのは1年に1冊あるかないか。今年はもうこれで最後です」
なんと1月で今年最高の売れ行き宣言が出てしまった。発売前、「しっかり売らなければ」と石川さんは考えていた。というのは出版前に版元のみすず書房に依頼して、『21世紀の資本』の冒頭部のゲラを読んでいたからだ。
「文章がとても読みやすい。これは非常に大切なポイントです。またテーマも広がりつつある格差についてデータで実証していて、今後の議論の土台になる。多くの人が読むべき本であると確信しました」
そこまで言われると私も興味がそそられる。さっそくトライしたが、「はじめに」の3ページ目あたりで遭難した。エベレストに登りにいったつもりが麓の村で捻挫した、みたいな。
経済書なんて読んだことがないし、普段の仕事にも関係がないので読み進める気力が保てない。それに大きくて重いから、持ち歩いて電車の中で読むわけにもいかない。いったい買った人はどうやって読むんだろうか。
「年末年始のまとまった休みに、1日2時間くらいのペースで1週間で読み切りました」
というのは、52歳の外資系IT企業勤務の男性だ。やはり「お勉強」スタイルで読むしかないようだ。
「古今東西のいろんなエピソードが盛り込まれているので、ビジネスのネタ帳として手に取りました」
というのは、経営コンサルタントをしている39歳の男性。
「半分弱まで読んだのですが、これは全部読まなくてもいいのではと思ってそこで止まっています」
一方、フランスのレンヌ政治学院の研究生である42歳の日本人男性は、「私の周りでは誰も読んでいませんね。私も書店で手にとってみましたが、とても読む気になれませんでした」と意外な反応だ。
「フランス人の同僚は『マルクスの資本論などと同じで、ピケティの本も大学での講義を通して広がっていく。経済学部の学生でも本は読まない』と言っていました」
「読了に専門知識は必要ありません」
ベストセラー作品をいくつも持ち、経済小説も手がける小説家の石田衣良さんは「みんながうっすらとわかっていて腹立たしく感じていたことを、データできっちり指摘したことが新しい」と分析する。
「格差社会にみんな不安を持っていて、その処方箋が欲しかったんじゃないですか。働くよりも、投資したほうが儲かることへの怒りの処方箋ですよ。いまの経済状態はずっと続くでしょうから、10年20年のスパンで売れる本になる」
大阪大学の大竹文雄教授は「基本的に日本で格差への関心が高まるのは、不況のときではなく株価が上がったときです」と話す。
その例として大竹教授は次の流行語とベストセラー(※2)を挙げる。
1984年『金魂巻』・・・株価が上がり出しバブルが始まる
同年「まるきん、まるび*」が流行語大賞に
98年『日本の経済格差』・・・ITバブルが始まり出す
2000年『不平等社会日本』
04年『希望格差社会』
05年『日本の不平等』
06年「格差社会」が流行語に
15年『21世紀の資本』
*実際は丸囲みに「金」と「ビ」
しかしこの本は経済学の知識がない私にも理解できるのだろうか。大竹教授は問題ない、という。
「必要な経済統計に関する知識を基礎から説明してありますし、歴史的な描写や小説からの引用も多く、経済学に対する特別な専門知識は必要ありません」
さらにみすず書房の中林さんもこんな読み方をアドバイスしてくれた。
「結論を知りたいのであれば『はじめに』にエッセンスは詰まっています。あとは目次を見ながら自分の興味があるところを読んでもらえたら」